今年は人間界では新型コロナ、鶏の世界では鳥インフルエンザが発生して深刻な状態です。
どうもこの二つにつながりがあるような気がしてならないのですが、皆さんはどうでしょうか?
こちらのブログをご覧いただいてる方は、鶏インフルエンザを心配されてる方が多いと思いますのでそちらを主に考えたいと思います。
まず、今後も発生するであろう今年の鳥インフルエンザですが、昨日、農水省のほうでこのような図が発表されました。
レイヤー以外にも宮崎県ではブロイラーの養鶏場から発生しています。
どういうわけか、ウィンドウレスの鶏舎でケージ飼育されている養鶏場であったり、密飼いである養鶏場でしか発生していないことは政府の見解の中で発表されないのですが、個人的には日本の虐待養鶏が変わるチャンスだと思っています。
世界各地でも発生はしているのですが、鳥インフルエンザのウィルスもかなり変異してることが考えられています。
発生するとその養鶏場のすべての鶏の殺処分、半径3Km以内の養鶏場の鶏と卵の搬出が制限されたり半径10Km圏内では区域外への搬出が禁止されたりするのを耳にされたことがあるんですが、今年はあまりにも広範囲で発生しているのがとても気になります。
殺処分はある意味、終息に向けたスピード対応のひとつなんでしょうけど、ウィルスそのものが進化するスピードがもっと早いものだったらどうでしょう、、、。
殺処分を繰り返し恐ろしい羽数の鶏を犠牲にしてきた意味があるんでしょうか。
先日もお伝えしましたが、雪が降るまでの貴重な晴れの日は、鶏たちを圃場に開放しています。
「なごり雪」ならぬ「なごり草」というところでしょうか。
鳥インフルエンザの予防対策とされる「野鳥との接触を避けること」からすると、相反する放し飼いということになります。
新潟県内でも先月、阿賀野市の瓢湖の水からH5N8型の鳥インフルエンザが検出されたこともあるんですが、時季的なこともあって水鳥には注意が必要かと思っています。
周囲の川や湖、田んぼなどの観察。多方面からの情報には耳を傾けているんですが、一体これからどうなっていくのか。
新型コロナと同じように長期戦になるような気がしています。
ただ、平飼いや放し飼い、自然養鶏ほど野鳥との接触の機会があるのにもかかわらず鳥インフルエンザは発生していない事実。何か理由があるように思えてなりませんよね。
コロナ禍の自粛ムードもほんとのところはどうなのか。
優秀な学者さんが集まって議論しても明確なものが何ひとつ見えてきませんよね。
ストーブにあたりにきてのんびり過ごす子もいますが、私自身、何があってもこの子たちを守らないといけないと思っています。
それなのになぜケージの外に放すのか、疑問に思われるかもしれませんが、それについては、これまで鶏を飼ってきて(経験とは違う)鶏に感じることがとても大きいです。
簡単にいうと、鶏のほうが知ってるということ。
ネイティブアメリカンの本に「今日は死ぬのにもってこいの日」というのがありますが、私自身、建築の分野で職人としてモノづくりをやってきて、常に感じていた昔の職人の感覚が現代の職人にはないということで、要するに1400年前に法隆寺の五重の塔が建立されたことと比較すると五感が鈍っている、というか、いろんなセンサーが退化しているように思っています。
大工道具も、例えば皆さんがご存知の鉋(かんな)なんてものは江戸時代まではなかったものなんですが、「便利な道具」がなかった時代にどうやって精度の良い建築ができたのか。なんて、考えると不思議に思いませんか?
鶏が死ぬ日を知っているかどうかは別として、奈良時代の大工のようなセンサーを鶏は持ってるんじゃないかと思っているのです。
つまり日本の養鶏が(動物愛護の考えは別として)飼養環境によって鶏がおかしくなってしまってるとしたら、確かに平飼い・放し飼い・チキントラクターといった自然養鶏だと本来あるべき姿で鶏が免疫力や精神力、自然治癒力や自己防衛力を身につけて育つのは当たり前のことかもしれないと思います。
研究されてる方を否定するわけではないのですが、私自身はそういったことを信じていますし、もしかしたら新型コロナが強いのではなくてヒトが弱くなっただけなのかもしれないと思ったりします。
理由は農薬、除草剤をはじめ、風邪をこじらせたぐらいで頼ってします薬。それにもちろん食べ物は影響があるでしょう。
「便利なもの」が溢れる世の中をもとに戻すのが先決かもしれないですよね。